1)移乗の目的
移乗の目的は、ベッドから車椅子などに乗り移るためだけではなく、移乗によって生活範囲を広げ、本人らしい生活を送るためです。移乗が可能になれば、起きて居間やロビーでテレビを見たり、椅子や車椅子に座って食事をすることや排泄をトイレでできる可能性も高まります。また、買い物や外食、旅行等の外出にもチャレンジしたくなるかもしれません。移乗は本人らしい生活の出発点であり、活動と参加につながる扉ともいえます。移乗に介助が必要な方にとって、本人らしい生活への鍵を握っているのは、日常的に移乗を介助する支援者と言えます。
2) 移乗方法の検討
移乗は上記のように本人らしい生活を送る上で、とても大切な動作ですが、本人と支援者にとって転倒やけがなどの危険性が高い介助のひとつと言えます。本人と介助者にとって安心して精神的・肉体的に負担なく移乗が毎日できるように検討し、決定することが大切です。そのためには、人が人を強引に立たせたり、持ち上げたりする介助をしないことです。物が移動するのではなく、心を持った人間が、さあ、乗り移ろうと前向きに思えるような移乗を目指しましょう。そして介助者の健康にも配慮した移乗方法をみつけましょう。
3)身体能力からみた移乗方法と福祉用具選定の目安
移乗方法を検討する際に必要になる評価項目は、①本人の身体能力・知的能力、②介助者の身体能力・知的能力、③環境(屋内・屋外・施設・自宅等)、④他の用具(ベッド・トイレ等)です。
これらの項目を包括的に評価し、本人と介助者にとって安全に安心して継続できる移乗方法を決めます。下表は身体能力からみた移乗方法と福祉用具選定の目安です。本人の身体能力にあった移乗方法が実際の現場でとられているでしょうか?以下に身体能力別のポイントを説明していきます。
● 立ち上がりと立位保持が可能(手すり使用)
手すりを使って立ち上がりと立位保持が可能な場合は立位移乗を検討します。立位移乗に必要な動作は、立ち上がり、立位保持、方向転換、着座です。立位移乗に必要な動作のどこに問題があるのか、どこができているのかを見分けます。立ち上がりは座面の高さや硬さ、床面の滑りやすさなどが影響します。立位保持は介助バーや手すりを使うことで安定するかもしれません。方向転換は足踏みをしながら方向転換する方法と方向転換をしないで、足の向きを変えずに着座する方法とがあります。本人にとってどちらがやりやすいかを評価します。着座はゆっくりと目標の場所に座れるか、着座後、座り直しができるかも併せて評価します。
● 離臀が可能だが立位保持困難(手すり使用)
介助バーや手すりを使用しても立位保持が困難な場合は座位移乗を検討しましょう。無理に立たせることはやめましょう。座位移乗は座ったまま臀部を浮かせるようにしながら少しずつ移動します。介助バーの使用や車椅子のアームサポートの跳ね上げ機能を用いることにより、自立できる可能性があります。
● 端座位保持可能で臀部を横にずらす動作が可能
臀部を横にずらす動作が自立している場合、トランスファーボードやスライディングシートを使った座位移乗により自立できる可能性があります。座位移乗をするために必要な能力は、①物につかまって座位保持ができること、②体幹を前傾できることなどがあげられます。また、座位移乗の際には臀部の皮膚の損傷に注意が必要です。便座への移乗など、衣服を脱いだ状態の時は、直接皮膚がこすれるため、スライディングシートの使用を検討しましょう。
● 端座位保持可能で臀部を横にずらす動作は不可または要介助
上記の「端座位保持可能で臀部を横にずらす動作が可能」の対応に加え、リフトの使用を検討します。
● 端座位保持困難
端座位保持が困難な方に、介助者が本人を抱え上げて移乗の介助をしていないでしょうか。リフトやスライディングボード等の用具を使用し、本人にとって安全で安心ができ、介助者は腰を痛めない介助をしましょう。
4)腰痛予防対策
2005年に行われた介護事業所を対象とした調査結果(全国395カ所4754人が回答)によると、介護事業者の 8割に腰痛の経験があることが分かりました。オーストラリアでは「ノーリフティングポリシー(No lifting Policy)」が普及しています。日本では2013年6月に厚生労働省から改定された「職場における腰痛予防対策指針」が公表され、適用範囲は福祉・医療分野における介護・看護作業全般に広がり、腰に負担の少ない介助方法などが加わりました。腰部に著しく負担がかかる移乗介助では、リフト等の福祉用具を積極的に使用することとし、『原則として人力による人の抱上げは行わせない』こととしています。下記に「職場における腰痛予防対策指針」の一部を抜粋します。